「 米国の圧力で日本農業を立て直せ 」
『週刊新潮』 2025年3月27日号
日本ルネッサンス 第1140回
令和のコメ不足が続いている。コメの価格は1年前に較べて約1.9倍に上昇し、江藤拓農林水産大臣が備蓄米を初回として15万トン放出しても、不足は解消せず価格も下がらない。
そこに米国から爆弾が投げ込まれた。3月11日、ホワイトハウスのレビット報道官が、日本は米国米に700%の関税をかけていると指摘した。トランプ大統領は日本を含む世界諸国の鉄とアルミニウムに25%の関税をかけ、自動車にも同様の措置をとると言明している。そこで批判をかわすべく、自国のコメには700%もの関税がかけられている!と主張したわけだ。
実は米国産輸入米への関税は現在は200%程度だ。しかもミニマムアクセスの枠内では関税ゼロである。そんなことにはお構いなしのトランプ政権の間違い発表だが、日本はどう対応するのか。わが国は今、トランプ氏の強硬措置だけでなく中国の習近平国家主席の微笑外交に攻めたてられている。両方から迫る危機こそ、実は比類ないチャンスだ。この大事な好機を見逃さず活かしていくことだ。
トランプ政権は日本が国産品を守るために農産物であれ工業製品であれ米国産を不当に退けていると思い込んでいる。米国の誤解を解きつつ、この危機を日本国再生につなげるべく具体策を日本人の私たちが今こそ考え、実行しよう。
たとえば、トランプ政権の主張を全面的に受け入れてコメの関税を全量、ゼロにするのである。すると、関税なしの米国産のコメは、より安い値段で日本に入ってくる。豪州産もその他の国々のコメも同様だ。カリフォルニア米は寿司米としても十分通用する。わが国の銘柄には敵わないとしても、米国産のコメの美味しさには定評がある。当然国内のコメ価格は下がり、供給不足も解消される。消費者にはとてもよいことだ。
他方、コメの生産者は価格の下落で苦境に陥る。生産農家の苦境を救うのは政府の責任だ。食料の安定供給は国の国民に対する基本的な責任であり、それを支えるのがコメ農家だ。だからきっちりと守っていく。外国政府も自国の農業には種々の補助金を出している。わが国も補助金を活用するのは当然だ。
補助金の使い方が正反対
但し、補助金の出し方を根本から変えよう。それなしには希望はない。どのように補助金を出すか。農家に政府が直接、つまりJA全中(全国農業協同組合中央会)を介入させず支払うのだ。コメの価格が下落した分、当初設定した価格との差額を補助金で埋めることによって農家は損失を出さずに済む。安定した経営を補助金で支えるわけだ。但し、同補助金の対象は主業農家に限るべきだと、キヤノングローバル戦略研究所研究主幹の山下一仁氏は強調する。
「耕作面積が30ヘクタール以上の主業農家は、日本の農家のわずか2.4%ほどですが、水田全体の44%を耕作しています。他方、耕作地が1ヘクタール以下の小規模農家は全体の52%を占め、水田全体の8%を耕作しています。彼らの水田をできる限り主業農家に集約することが重要です。そのために補助金を使えば、日本の食料安全保障にも役立ちます」
これまでわが国政府とJA全中は国民のためではなく、JA全中のために補助金を出していたと言ってよい。背景には農林水産省、自民党農林族、JA全中のトライアングルが存在する。悪政の典型が、実質的に54年間も続く減反政策だ。
減反政策でわが国の全水田面積の4割が休耕田とされた。コメの品種改良で収量の増加につながる研究さえ憚られた。結果、減反開始時の1971年には日本と同水準の収穫量だった米カリフォルニア米は今では日本の1.6倍に増え、60年には日本の半分でしかなかった中国はすでに日本を追い抜いた。全世界が60年からコメの生産量を3.5倍に増やしたのとは対照的に日本の収量は4割も減っている。山下氏が嘆く。
「わが国の水田面積全てにコメを作付けすれば、長期には1700万~1900万トンを生産できます。能力はあるのにわが国は今、水田の4割を減反して、生産量を約650万トンに抑えています。補助金を出すのは一緒でも、生産を減らしたのが日本、対照的にEUは生産量を増やし、域内の過剰生産を輸出しました」
日本とEU、そして日本と世界では補助金の使い方が正反対である。作らせないために税金を使うのが日本、より多く作らせるために使うのが日本以外の国々だ。減反政策をやめて農家に自由にコメを作らせれば、わが国の食料自給率は現在の38%から一気に70%以上に上昇する。
それなのになぜ減反政策で後ろ向きになるのか。そこに先述の悪しきトライアングルの身勝手な企みがある。減反で米価を高く維持することで、わが国はコストがかかる小規模農家を温存してきた。先述したがその多くが耕作面積1ヘクタール以下の小規模零細の兼業農家で、彼らの農業外所得は平均で農業所得の4倍以上だ。
2000億円もの削減
JA全中はそうした所得をJAバンクに預金させた。JA全中は銀行業と他の事業を兼業できる特権を有する、日本で唯一の法人である。彼らは農業とは無関係の宝石から生命保険まで販売する。農家が農地を宅地に転用した際の不動産収入もJA全中の預金口座に入る。こうして彼らは預金量100兆円を超えるメガバンクに成長した。
彼らが零細農家を手放さない理由がここにある。手放さないために、零細農家の利益を守る、米価を高く維持する。事実上の減反を続ける。結果として消費者は高いコメを買い、日本の食料自給率は3割台に落ち込んだままだ。悪しき農政は国民の利益でなくJA全中のためなのだ。
だがこの悪しき政策は、安倍晋三総理が2018年に中止させたはずだ。以降、制度上はコメ農家は自由にコメを作れることになった。ところが現実には減反政策は巧妙な形で続いていた。JA全中は知恵を絞り、休耕田を水田にするかわりに転作のための補助金を投下させ、麦、ソバ、大豆などを作らせた。彼らはコメを作らせない事実上の減反政策に毎年3500億円の予算を確保した。
では減反をやめて、コメ市場を自由にして、消費者に安いコメを十分に供給する仕組みを作るのに必要な予算、主業農家に差額分を直接支払う費用はどれだけかかるのか。山下氏はそれを約1500億円と見積もる。2000億円もの削減だ。
予算を削減し、コメ農家の規模を拡大して収量を増やし、コストを下げ、食料自給率を70%に押し上げ、外国にも輸出できる。日本のコメほど美味しいコメはないのであるから、世界のどこでも十分に競争できる。
いいこと尽くめではないか。トランプ政権の圧力を正面からまず受けとめて、わが国の歪んだ政策を土台から作り直す梃子(てこ)とするのが最善の道だ。米国の圧力にひるまず、ひたすら前向きに闘っていくときだ。
